ビットコインに関する誤解

ビットコインの大半は少数の人が握っている?

ビットコインの大半は少数の人が握っている?

ビットコインに対する批判の1つとして、供給されているコインの大部分が少数のアドレスに保管されているため、初期の参加者など少数の人が富を寡占しているという主張があります。

この理論を唱えているのは、麗澤大学経済学部教授の中島真志氏です。同氏の著書「アフター・ビットコイン ―仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者―」の第2章2節1項「ビットコインは誰が保有しているのか」の内容を要約すると以下のようになります。

ビットコインのアドレスは約1900万個(当サイト注:残高がゼロではないアドレスの個数を示していると思われます)が存在し、一見すると1900万人の大きなコミュニティができているようにみえます。

しかし、この中身をさらに詳しくみていくと、実は必ずしもそうではないということが分かります。以下の表は、アドレスごとのビットコイン保有量を分布表にしたものです(2017年8月時点・BitInfoChartsより)。

保有ビットコイン数 アドレス数 (シェア) 保有ビットコイン
の合計(BTC)
(シェア)
0-0.001 11,226,513 59.27% 2,061 0.01%
0.001-0.01 3,280,640 17.32% 12,531 0.08%
0.01-0.1 2,603,644 13.75% 81,246 0.49%
0.1-1 1,212,761 6.40% 397,121 2.41%
1-10 470,265 2.48% 1,285,799 7.79%
10-100 129,891 0.69% 4,342,774 26.30%
100-1000 16,599 0.09% 3,837,360 23.24%
1000-10000 1,673 0.01% 3,538,313 21.43%
10000-100000 120 0.00% 2,912,277 17.64%
100000-1000000 1 0.00% 100,461 0.61%
  18,942,107 100.00% 16,509,943 100.00%

これをみると、保有するビットコインが「0~0.001BTC」というほとんど残高のないアドレスが1123万個と全体の6割(59%)を占めています。これに、「0.001-0.01BTC」(17%)と「0.01-0.1BTC」(14%)を加えると、全体の9割(90%)のアドレスで0.1BTC以下の少額しか保有していないことが分かります。

なぜ、こんなに保有量が少ないアドレスが多いのでしょうか?まず1つには、ビットコインを試してみたい人が作り、少額を入れてみたという「お試しアドレス」が相当数あるという可能性です。これは、あまり使われていない「不稼働アドレス」であると考えてもよいでしょう。

2つ目には、ビットコインで取引を行う際には、取引毎にアドレスを変えることが推奨されています。このため、支払いをする都度アドレスを作って取引を行い、あとはそのまま放置してあるという「使い捨てアドレス」である可能性があります。


これに対して、残高が1BTC以上あるのは62万アドレス(全体の3.3%)であり、これらが保有額からみて本格的な保有者であると考えられます。これらの保有者がビットコインを平均6つのウォレットに分けているものとすると、アクティブなユーザーの数は世界全体でも10万人程度にすぎないことになります。

保有残高が10BTC〜のアドレスを合わせると、ビットコインの保有量は全体の9割(89%)を占めています。一方で、これらのアドレスの数は、合わせても14.8万アドレスと全体の0.8%に過ぎません。つまり、上位1%未満の人(アドレス)が、なんと全体の9割のビットコインを保有しているのです。

ビットコインの大口保有者の多くは、ビットコインの導入初期からマイニングを行なっていたマイナーだとされています。初期には、1回のマイニングに対する報酬が多かったほか、競合するマイナーも少なかったため、簡単に多額のリワードを得ることができたのです。

このような数字をみると「みんなで平等に」という理念からはかけ離れて、「一握りの人による、一握りの人のためのビットコイン」になってしまっているという感が否めません。

同書は2017年10月に発売されたものであるため、書籍内の各種データも2017年8月時点と古いものになっています。そのため、2024年1月13日現在の保有量データを以下に示します。なお、最新のデータはBitInfoChartsのウェブサイトで確認することができます。

保有ビットコイン数 アドレス数 (シェア) 保有ビットコイン
の合計(BTC)
(シェア)
(0-0.001) 27,683,716 52.68% 5,673 0.03%
[0.001-0.01) 12,171,086 23.16% 44,602 0.23%
[0.01-0.1) 8,124,667 15.46% 273,721 1.40%
[0.1-1) 3,547,519 6.75% 1,095,584 5.59%
[1-10) 864,961 1.65% 2,148,885 10.97%
[10-100) 138,963 0.26% 4,414,212 22.53%
[100-1,000) 13,973 0.03% 3,928,988 20.05%
[1,000-10,000) 1,898 0.00% 4,683,753 23.90%
[10,000-100,000) 102 0.00% 2,304,024 11.76%
[100,000-1,000,000) 4 0.00% 694,921 3.55%
  52,546,889 100.00% 19,594,363 100.00%

2017年8月と2024年1月の分布を比較すると、1BTC未満を保有しているアドレスが増加していることが分かります。例えば、保有量が[0.1-1)(0.1以上1未満)というアドレスは、約121万個から約355万個と3倍近くに増加し、保有しているコインの合計も2.5倍以上になっています。保有量が[0.01-0.1)[0.001-0.01)の階級でも、同様の傾向が表れています。

また、2024年1月時点で1BTCより多くを保有するアドレスの数は全体の1.94%で、ビットコインの保有量におけるシェアは92.76%となっています。2017年8月に、上位0.8%のアドレスが全体の89%のビットコインを保有していた状況を考えれば、6年余りで改善したと言えるかもしれません。

それでも、2%未満のアドレスが全体の9割以上のビットコインを保管しているということは、少数のアドレスが大半のビットコインを握っているという構図に変わりはないでしょう。さらに、0.001BTC未満しか保有していないアドレスの数が、全体の半分以上あるという状況も同じです。

これらのデータを踏まえれば、中島氏の主張は一見すると説得力のあるものです。しかし、本当にビットコインの大半は少数の人が握っているのでしょうか?本記事では、ビットコインの大口保有者の正体を明らかにした上で、この主張が誤解であることを証明します。

大口保有者の正体は取引所

中島氏は、ビットコインの大口保有者の多くが初期のマイナーだと推測し、その理由として当時は「簡単に多額のリワードを得ることができた」ことを挙げています。しかし、実際に大口保有者が初期のマイナーであることを示す根拠は提示していません。

一方、ビットコインの解説書「ビットコインの歩き方: 世界の今を知るとビットコインが見えてくる」では、初期の参加者がビットコインの大半を保有しているという見方に異議を唱えています。

ビットコインネットワークに早期参加した人は、大量のビットコインを安く手に入れることができた。ただ、ブロックチェーンに記録されたトランザクション履歴からは、数ドルで購入されたビットコインが1年も経たないうちに数十ドルで売却されるなど、2009年から2012年にビットコインを入手した人の多くが同期間に売却していたことが分かる。

せっかく大量のビットコインを安く入手したにも関わらず、ほとんどの人は始動したばかりのネットワークに不安を感じたり、激しい値動きに動揺したり、利確の誘惑に負けて早々に売却した。不確実性や価格変動にも動じない精神力と、ビットコインに対する確信を持つ人は少数派だった。秘密鍵を失くして、ビットコインにアクセスできなくなった人も多い。

ビットコインのアドレスは「仮名」であり、1人で複数のアドレスを管理することが可能であるため、アドレスとその保有者を紐付けることは極めて困難です。しかし、取引履歴などから保有者を特定することは不可能ではありません。特に大量のビットコインを保管しているアドレスは、保有者が特定されているケースが多々存在します。

それでは、ビットコインの大口保有者は一体誰なのでしょうか?BitInfoChartsを使って、最大の残高を持つアドレス「34xp4…」を見てみると、これは世界最大の暗号資産(仮想通貨)取引所バイナンス(Binance)のものです。保有量で2位の「bc1qg…」は大手取引所ビットフィネックス(Bitfinex)、4位の「39884…」もバイナンスのアドレスとなっています。

保有量3位「bc1ql…」の持ち主はBitInfoChartsには書かれていませんが、アメリカの取引所ロビンフッド(Robinhood)のものであると推測されています(報道)。5位以下のランキングを見ても、コインチェック(Coincheck)やバイビット(Bybit)など大手取引所の名前が確認できます。

また、取引所の側がビットコインの保管量を発表している事例もあります。例えば、バイナンスは公式サイトに「Proof of Reserves」というページを設け、2024年1月1日時点で59万7658BTCを保管していると発表しています。さらに、アメリカ最大の取引所コインベース(Coinbase)が保管しているビットコインは、2023年9月時点で94万7755BTCに上るとされています(報道)。

もちろん、大量のビットコインが保管されているアドレスがすべて取引所だということはありませんが、まだ保有者が特定されていないものまで含めれば、大口保有者の多くは暗号資産の取引所だと言えるでしょう。この事実は、中島氏の推測とはかけ離れています。

ただし、暗号資産取引所がビットコインの大口保有者だといっても、取引所の運営企業が自らの資金(自己勘定)で大量のビットコインを持っている訳ではありません。取引所が保管しているビットコインのほとんどは、ユーザーから預かっているビットコインです。

大手の取引所は、数百万人〜数千万人のユーザーを抱えています。しかし、取引所がユーザーごとにビットコインのアドレスを分け、数百万〜数千万個のアドレスを管理することは非効率的です。そのため、少数(数個〜数百個程度)のアドレスに全ユーザーの資金を集約させているのです。

どのユーザーがいくらを持っているかという情報は、取引所を運営する企業が社内のデータベースで管理します。そのため、各ユーザーの残高や取引履歴を外部から把握することはできず、ビットコインのブロックチェーン上にも記録されることはありません。

したがって、少数の「アドレス」に大量のビットコインが保管されているとしても、それは少数の「」が保有していることを意味しません。あたかも一握りの大富豪がビットコインを寡占しているかのように見えるとしても、実際には多数のユーザーの資金が集められているだけに過ぎないのです。

中島氏は、1人のユーザーが複数のアドレスを使う仕組みに言及する一方、取引所において複数人のコインが1つのアドレスで管理されている事実には一切触れていません。さらに、「人(アドレス)」という表現を使うなど、人間の数とアドレスの数をしばしば混同しています。

ビットコインが実現するのは権利・機会の平等

ビットコインの保有量に、中島氏が主張するような格差(上位1%未満の人が、全体の9割のビットコインを保有している)が存在しないことは前述の通りです。それでも、ビットコインの黎明期に大量のコインを安く手に入れ、現在に至るまで持ち続けている人は存在するでしょう。

そして、ビットコインに関わる前から格差が存在すれば、それはビットコインの保有量にも影響することになります。例えば、貯蓄が1億円ある人と1万円しかない人を比べれば、前者は後者よりもはるかに多くのビットコインを購入できます。それでは、こうした経済格差は許容できるものなのでしょうか?

中島氏は、ビットコインが「みんなで平等に」という理念を持っていると主張しています。しかし、ビットコインのホワイトペーパーに「平等(equality)」という単語は一回も登場せず、サトシ・ナカモト氏もそのような理念を掲げたことはありません。そもそも、ビットコイン自体はソフトウェアの「コード」に過ぎず、そこにはいかなる主義思想も存在しないのです。

もっとも、政府・中央銀行から「通貨の発行」という特権を奪うという発想は、リバタリアニズムのような小さな政府を望む政治思想を相性が良いとされます。一方、社会主義のように経済的な平等を最優先するのであれば、中央政府による市場の管理と富の再分配が不可欠であり、政府が通貨を自由に発行できないことは大きな障害となり得ます。

そして重要なことは、ビットコインは資本主義を前提に設計されているという事実です。ビットコインのホワイトペーパーでは、マイナー(マイニングを行う者)がネットワークを攻撃する(いわゆる「51%攻撃」)リスクを認めながらも、攻撃を行う金銭的インセンティブがないと指摘しています。

ビットコインへの攻撃には、マイニングと同様に膨大な計算能力が必要になります。しかし、膨大な計算能力を持っているのであれば、不正をせずにマイニングを続けた方が利益になるでしょう。ビットコインが不正を防ぐ仕組みは、道徳、宗教、法律のような社会規範ではなく、市場経済によって成り立っているのです。

ビットコインが資本主義に基づいている以上、ある程度の経済格差は許容されるべきでしょう。ビットコインは、性別、人種、民族、国籍、宗教、思想、家柄、学歴などに関わらず、すべての人がまったく同じ条件で利用することができます。ビットコインが「平等」を実現するとすれば、それは通貨に対する権利・機会の平等だと言えるでしょう。

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