ビットコインに関する誤解

ビットコインは脱税に使われる?

ビットコインは脱税に使われる?

ビットコインに対する批判の1つとして、ビットコインは匿名性が高いことから、富裕層による脱税に使われるという主張があります。

「ビットコインが脱税に使われる」論を唱える識者は多数存在しますが、本記事では東洋大学経営学部の宮村健一郎教授の話を取り上げます。同氏の講義は入試情報サイトのWeb体験授業「おかねとは何か – 「おかねとは何か」に関する理論を理解して、仮想「通貨」の意味を考えよう –」で聴講することができます。

動画の前半で通貨システムの機能と性質を説明した上で、動画後半ではビットコインを含めた仮想通貨(暗号資産)が通貨として機能するかを批判的に論じています。ビットコインが脱税に利用される可能性を指摘するのは18分〜の部分で、この内容を要約すると以下のようになります。

富裕層が隠している所得や相続財産を海外に送金しようとした場合、日本円から直接ドルなどに換えれば国税庁に知られることになる。

ビットコインなどの仮想通貨は匿名であるため、日本円を一時的に仮想通貨に交換して国外へ送金し、現地でドルに換えれば隠し通すことができる。

海外に送金している間に、仮想通貨の価格が急落して損をするリスクはある。しかし、相続税の最高税率が55%であることを踏まえれば、価格が3割程度下がったとしても許容できる。

したがって、私たちがビットコインのような仮想通貨を購入・保有することは、富裕層による脱税を支援するようなものである。

この理論は、一見すると説得力のあるものです。しかし、本当にビットコインは富裕層の脱税に使われるのでしょうか?本記事では以下の3つの事実を挙げ、この主張が誤解であることを証明します。

  1. ビットコインは完全に匿名ではない
  2. 税務署は既に資産を把握している
  3. そもそも相続税を脱税する必要はない

事実1:ビットコインは完全に匿名ではない

確かに、ビットコイン「自体」は匿名で利用できます。ビットコインのウォレットは、パソコンやスマホのアプリからいくつでも自由に作ることができ、金融機関の口座開設のような本人確認や審査は一切ありません。

ブロックチェーンの記録は誰でも見ることができますが、アドレスと個人が紐付いていないため、誰がいくらコインを持っているのかは分かりません。こうした事実だけを取り上げれば、ビットコインは脱税に使えるかのように思えます。


しかし、ビットコインで資産を隠すということは、日本円のような法定通貨を一時的にビットコインに換えて送金し、その後で法定通貨に戻すことを想定しています。それでは、ビットコインと法定通貨の両替を「匿名」で行うことは可能なのでしょうか?

法定通貨とビットコインを両替するには、暗号資産取引所を用いることが一般的です。しかし、日本を含めた多くの国では、取引所に顧客の本人確認を義務付けています。つまり、法定通貨とビットコインの交換を「匿名」で行うことは極めて困難なのです。

もちろん、本人確認なしで利用できる暗号資産取引所は少なからず存在します。しかし、取引所に多額の法定通貨を入出金するには、銀行振込を使うしかありません。銀行口座に本人確認が不可欠である以上、この場合でも「匿名」で入出金はできないことになります。

したがって、法定通貨とビットコインの交換には何らかの形で本人確認を経る必要があり、完全に匿名で取引することはできません。取引所や銀行は顧客情報を当局へ提供することが義務付けられており、税務署に知られずに多額の資金を移動させることは不可能だと言えます。

事実2:税務署は既に資産を把握している

相続税を脱税するためにビットコインを利用するということは、故人が遺した相続財産が「まだ税務署に知られていない」という前提に立っています。しかし、税務署が多額の資産を把握していないなどあり得るのでしょうか?

銀行預金、上場株式、債券や投資信託などは、銀行や証券会社の口座を通じて個人と紐付けられており、税務署の目から逃れることはできません。不動産や非上場株式も、登記記録から持ち主は容易に特定できます。

つまり、故人が多額の相続財産を遺したなら、それは既に「税務署に知られている」と考えるべきであり、ビットコインに換えたところで隠すことはできません。

それでも、札束や金地金を自宅に隠しているのであれば、税務署に把握されていない可能性はあります。しかし、それらを直接ビットコインへ換えることはできないため、暗号資産取引所や銀行を経由することになり、その過程で税務署に知られてしまいます。

そもそも、税務署から資産を隠すことができているなら、単にそれを移動させれば良いだけです。隠している財産を「再度」隠すためにビットコインを使う必要はないでしょう。

事実3:そもそも相続税を脱税する必要はない

富裕層がビットコインを使ってまで脱税をしたい理由について、宮村氏は相続税の税率が非常に高いことを挙げています。確かに「日本の」相続税の最高税率は55%であり、それなら3割程度の損を出してでも逃れたいと考えるでしょう。

しかし、日本の相続税は諸外国と比べて高い部類に入り、OECD加盟国の中では韓国の最高60%に次ぐ2位です。さらに、シンガポール、オーストラリア、カナダなど相続税がない国すら存在します。日本国籍であっても、被相続人と相続人の両方が10年以上海外に移住していた場合、日本での相続税は課されません。

ビットコインで脱税をしようとすれば、ビットコイン価格の急落で損失が発生するリスクに加え、脱税が発覚するリスクまで抱えることになります。そこまでのリスクを取ることができるのなら、家族で相続税のない国に移住する方がはるかに現実的な手段でしょう。


何より重要なのは、ビットコインで多額の相続税を脱税したという事件が(筆者の知る限り)存在しないということです。ビットコインが脱税に有用なのであれば、実際に使う者は数知れないはずであり、それが1件も発覚しないとは考えられません。

ビットコインを利用した巨額脱税事件が存在しない事実こそが、ビットコインは脱税に使われるという主張が誤解であることの証明だと言えるかもしれません。

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